朝日屋印度商会

印度屋さんの日常

岐阜県大垣市にあるアクセサリー&レザークラフトの店のブログです。徒然に書いてみようと思っています。

印度屋ヒストリー

印度屋ヒストリー その10

「えっ!店がなくなるの巻き」 この時期、銀製アクセサリーの人気は勢いを増して、口コミのお客様も どんどん増えていきました。 お陰様で休日ともなると狭い店内は、満杯の日が続きました。 反面、店の狭さやこれからの方向性に悩んでいた頃でもありました…

印度屋ヒストリー その9

シルバーアクセサリーの始まり! 3年ぶりくらいに、印度屋ヒストリーを書きます。 商売を始めて7年頃から、世の中に今に繋がる一大ブームの流れがやってきました。 有名な歌手や男優等がドラマやCDのジャケット写真の中で さまざまなシルバーアクセを身に着…

印度屋ヒストリーその8

営業を始めて6~7年目くらいで特に印象に残っている商品は ボディピアスと受注制作していた手編みニット帽。 当時、ピアスホールの流行はサイズが大きくて、 サージカルスチール(医療用ステンレス)やアクリルで出来たピアスは 雑誌の通販(?!)か当店でしか…

印度屋ヒストリー番外編3

ウィークエンドマーケットで買ったお気に入りの洋服を着て。(バンコクのジュース屋さんの前) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 家族で行った仕入旅について、書いておきたいと思います。 大抵は、夫が一人で仕入旅へ行きますが 娘が2歳~10歳の…

印度屋ヒストリーその7

なんとか、若さと好奇心で様々な障害を乗り越えて来ましたが、 6~7年目から、解決の難しい、いろいろな問題点が出て来ました。 1、目新しいわくわくする商品を常時提供するのが難しくなった。 2、店内がジャングル状態でお客様が入りきらない事が増えてき…

印度屋ヒストリーその6

(左)シャッターに手書きのBuddha eye(右)店内 (下)正面から見た店内 商売が順調になってきた1992年から5年間ぐらいは、 接客、仕入れ、商品管理、制作、私的には育児と 無我夢中で、あまり良く覚えていないのが本音です。 当時、扱っていた商品は多種…

印度屋ヒストリー番外編2

今回は、朝日屋印度商会の宝物の話しをします。 商売を始めた時点ではルールがなく、他にお手本もありません。 「何を売ったらいいの?」といろいろ悩んだ答えは 「お客さまの欲しいもの」です。 それを捜し求め仕入れる、もしくは自分たちで作って、お客様…

印度屋ヒストリーその5

ミサンガブームは形を変えて、革やヘンプを編んだブレスブームとなり、 「あそこにちょっと面白い、変わった店があるよ」などと 中高生の仲間や家族間での話題になって、 「こういうの探してたんだよね」 と少しづつアクセサリーや服などをお買い上げになる…

印度屋ヒストリーその4

突然ですが、皆さんミサンガってご存知ですか? プロミスリングとかも言いますよね。 もともとは、南米のサッカーの選手の手首や足首に着けていたところ、 Jリーグが始まる1年半くらい前から、急に人気が出たのです。 うちの店には、普通に売っていたのです…

印度屋ヒストリーその3

前回書いた、個性的なお客様の多くの方とは 25年以上たった、今でもお友達のようになってお付き合いがあります。 彼らが買ってくれた商品とは・・・。 更紗を作る為の木版を陶芸家のO先生が。 曼荼羅画をG君が。 ミラーワークの敷物を歯科の女医先生が。 …

印度屋ヒストリーその2

開店から2年ほど、どれくらい暇だったかというと、 来店してくれるのは、近所のあばあちゃんか、隣の洋品店のお客さんが 「珍しいものがあるね」って、覗いてくれるくらい。 一日一人か二人。 実際、商品もあまり置いて無かったし、宣伝は全くしてなかったで…

印度屋ヒストリー番外編1

当店の正式な名前は「朝日屋印度商会」です。 でも、この変な名前を誰も覚えてもらえなくって 皆様、「インド屋」と呼びます。 以前は「ネットや電話番号案内で調べても出てこなかったよ。」って。 (最近は「インド屋 大垣」で検索していただければすぐに出…

印度屋ヒストリーその1

商売を始めてもうすぐ28年になります。 一番最初の店は、大垣の旧銀座街の中の一角を借りて始まりました。 最初の1~2年は本当に暇で、何をやってよいのかも解らないまま。 並んでいる商品も、誰が着るんだろう?と思う超レアな民族服。 ピアスホールを開け…